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WWNニュース 2009年10月23日発行②

9月12日のCEDAW報告会におけるミニパネルディスカッションンの内容を特別に書きおろしていただきました。

 ILO100号条約は、なぜ国内の男女賃金差別事件に

           直接適用されないのか          福岡大学教授 林 弘子 

 

 内閣が批准した国際条約の国内的効力については、憲法982項は「日本国が締結した条約および確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。」と規定しており、条約は特別の立法なしに国内で法としての効力を有するという解釈が通説となっている。したがって、本年7月のCEDAWによる日本政府レポートの審査に際して、日本政府代表が女性差別撤廃条約に日本は拘束されると述べたのはこの意味だと筆者は理解した。しかし、条約が特別の立法なしに「国内的効力」を持つということと、国内で条約が個人に対して直接適用されるということは別問題である。自動執行条約の場合には、批准によって国内的効力を持ち、個人に直接権利を与え、義務を課すが、自動執行条約ではない場合は、立法的措置が必要とされる。

ILO100号条約は、宣言的条約と解釈されており、自動執行条約ではない。したがって、ILO100号条約を批准して国内的効力を与えても、条約を完全に履行したことにはならない。ILO100号条約を初めとする国際条約の国内適用の問題に踏み込んで注目されるのが、労基法3条、4条、国際条約の同一価値労働同一賃金原則ならびに民法90条を請求根拠として、嘱託職員として採用された女性職員が一般職員との差額賃金を請求した京都女性協会事件判決(京都地裁判決、平成2079)である。原告が挙げた「同一価値労働同一賃金」を含む国際条約について、ILO100号条約21項、同条約31項については、同一価値労働同一賃金原則を確保しなければならないということを宣言したにとどまり、その具体的な実現については、各加盟国が、各加盟国の報酬率を決定するために行われている方法を考慮して策定していく具体的な適用促進策によって具体化が図られることを当然の前提とした文言を使用していることを考慮すれば、同条約に自動執行力があるとはいえないと判示している(1989年の塩見訴訟最高裁判決に従っているのである)。京都地裁は、社会権規約および女性差別撤廃条約の同一価値労働同一賃金に関する条文もそれぞれ検討して、いずれも自動執行力を否定した。原告が控訴したが、本年916日大阪高裁は、控訴を棄却した。

国際条約の国内適用が進まない最大の理由として、立法的な措置の遅滞を挙げなければならない。しかし、現実の裁判では、裁判所が内閣府や外務省の条約解釈や訴訟における国側の主張も忖度すること、および、法律上の問題としては、民事訴訟法312条が条約解釈の誤りを上告理由としていないことも問題である。

 本年8月の衆議院議員総選挙の結果、政権が交代し、新法務大臣が選択議定書の批准を改めて表明した。しかし、日本政府が批准していないのは、女性差別撤廃条約の選択議定書だけではない。国連関係で締結された人権条約のうち自由権規約、人種差別撤廃条約、拷問禁止条約、女性差別撤廃条約がそれぞれ個人通報制度を有している。人種差別条約、拷問禁止条約の個人通報制度には、締約国による特別の受諾宣言が必要であるが、日本政府はいずれも受諾宣言をしていない。また、女性差別撤廃条約のみならず、自由権規約の選択議定書の批准もしていないのである。選択議定書批准が重要であることはいうまでもないが、まず国内法における立法的措置が前提条件である。

 

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ILO100号条約

第 一 条
 この条約の適用上、
(a) 「報酬」とは、通常の、基本の又は最低の賃金又は給料及び使用者が労働者に対してその雇用を理由として現金又は現物により直接又は間接に支払うすべての追加的給与をいう。


(b) 「同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬」とは、性別による差別なしに定められる報酬率をいう。


第 二 条
1 各加盟国は、報酬率を決定するため行なわれている方法に適した手段によって、同一価値の労働についての男女労働者に対する同一報酬の原則のすべての労働者への適用を促進し、及び前記の方法と両立する限り確保しなければならない。


2 この原則は、次のいずれによっても適用することができる。
 (a) 国内法令
 (b) 法令によって設けられ又は認められた賃金決定制度
 (c) 使用者と労働者との間の労働協約
 (d) これらの各種の手段の組合せ


第 三 条
1 行なうべき労働を基礎とする職務の客観的な評価を促進する措置がこの条約の規定の実施に役だつ場合には、その措置を執るものとする。

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                                                              条約の国内適用にいて 

            岡田仁子

                                                                  (アジア・太平洋人権情報センター研究員)

7月に行われた女性差別撤廃委員会の報告審議で、女性差別撤廃条約が国内で十分適用されていない、ということが委員から何度も指摘され、条約は、法的拘束力のある文書なのかという質問さえ出されていました。

 一方、日本の裁判所で女性差別撤廃条約違反を訴えても、裁判所にとりあげてもらえないということが続いています。これらのことがどういうことなのか、国際法の観点から簡単に見ていきたいと思います。

 

条約の国内での効力

 女性差別撤廃条約は、その名称から「条約」であることは明らかですが、名称は何であろうと、条約は、当事国を拘束し、当事国はこれを誠実に履行しなければなりません。ただし、これは国際法上のことで、拘束されているのは当事国、「国家」です。条約、特に人権諸条約などは、国内で実施される必要がありますが、国際法である条約が国内で、法として扱われるのか、どのような効果を持つのかというのは、それぞれの国の決まりによります。これには基本的には、二つの考え方があり、一つは、国際法は国内の法律とは全く異なるものであるので、国内で法律として通用する形に変えなければならないとする考え方(変型理論、二元論)、もう一つは、その国が拘束される国際法はそのまま、国内で法律として通用する(一般的受容理論、一元論)、という考え方です。日本は、憲法98条2項で、「日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする」と規定し、一般的受容理論をとるとされます。つまり、日本が批准した条約は、そのまま法律としての効力を有し、通説では、最高法規である憲法よりも下位ですが、法律よりも上位にあるとされます。

 

条約の裁判所における適用

 しかし、法律としての効力があるからといって裁判所でそのまま適用されるとは限りません。人権条約の条文がそのまま適用されたわずかな例で、裁判所は、そのままの適用(直接適用)が可能なのは、条約が直接適用を否定していない、規定が権利義務関係を明確に定めている、直接適用に憲法などの障害がない(例えば刑罰、課税は国会の立法を必要とする)などの場合、その事案の事実関係や文脈などから判断するとしています。

 一方、社会権規約について、裁判所が「権利の実現に向けて積極的に社会保障政策を推進すべき政治的責任を負うことを宣明したものであって、個人に対し即時に具体的権利を付与すべきことを定めたものではない」、と明示に直接適用を否定したこともあります。

 条約の条文がそのまま適用されるのではなく、他の法律の解釈や基準に使われることもあります(間接適用)。たとえば、民法の不法行為のなかに、条約の規定がその要素として読み込まれ、損害賠償が認められた事例もあります。

 

●委員会の勧告 

 しかし、人権諸条約の直接適用、間接適用いずれも認められた事例はわずかで、多くの場合、裁判所は理由もあげずに適用を退けています。また、裁判所が、条約が認める権利の内容や範囲を、憲法が認めるものと同一視してしまうという事例もみられます。

 このような事態に対し、女性差別撤廃委員会で複数の委員が、冒頭のように条約の国内での地位や国内適用について質問をしています。日本政府も女性差別委員会も法曹・司法関係者への啓発、研修を対策として繰り返していますが、委員会は啓発、研修はもちろんですが、さらに、積極的な措置として、条約の女性に対する差別の定義を国内法に取り込むことをはじめ、条約の条文の立法措置を求めています。また、選択議定書の批准の勧告も、法曹・司法関係者の条約への注目を高めるという点で、裁判所の条約の適用にも影響があると思われます。

 女性差別撤廃条約の規定の実施について、締約国は立法措置を含めあらゆる措置をとることが求められていますが、裁判所が条約の規定にそった救済を行えなければ、実施できているとはいえないでしょう。勧告の実現が図られ、条約の裁判所での適用が促されることが望まれます。

 

 

 

 

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  女子差別撤廃委員会の最終見解 (抜粋) 

<本条約の法的地位と認知度>

 

19. 委員会は、本条約が、拘束力のある人権関連文書として、また締約国における女性に対するあらゆる形態の差別撤廃及び女性の地位向上の基盤として重視されていないことについて、懸念を有する。これに関して、委員会は、締約国の憲法第98 条2項に、批准・公布された条約が締約国の国内法の一部として法的効力を有する旨が明記されていることに留意する一方、本条約の規定は自動執行性がなく、法的審理に直接適用されないことに懸念を有する

 

20. 委員会は、女性に対する差別撤廃の分野における最も適切かつ一般的で法的拘束力を有する国際文書として本条約を認識するよう締約国に要請する。委員会は、本条約が国内法体制において十分に適用可能となること、また、適切な場合には制裁措置の導入等も通じ本条約の規定が国内法に十分に取り入れられることを確保するために、早急な措置を講じることを締約国に要請する。委員会はまた、本条約の精神、目的及び規定が十分に認識され、裁判において活用されるように、本条約及び委員会の一般勧告に対する裁判官、検察官、弁護士の意識啓発の取組を締約国が強めることを勧告する。

委員会は更に、本条約及び男女共同参画に関する公務員の認識をさらに向上させ、能力開発プログラを提供するための措置を講じるよう締約国に勧告する。委員会は、選択議定書の批准を締約国が引き続き検討することへの勧告及び選択議定書に基づき利用可能なメカニズムは、司法による本条約の直接適用を強化し、女性に対する差別への理解を促すという委員会の強い確信を改めて表明する。

 

 

 

 

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